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東京地方裁判所 昭和31年(行)72号 判決

原告 高田貞吉

被告 国

訴訟代理人 森川憲明 外三名

主文

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

事実

当事者双方の申立及び主張は別紙のとおりである。

〈立証 省略〉

理由

一、原告の主張第一項の(一)ないし(六)の事実(本件処分の経過)は当事者間に争がない。

二、原告は、第一に、大蔵大臣のなした連合国人及び連合国財産の指定は、その要件を誤つた違法なものであり、右指定に基く本件返還命令も違法であつて、右瑕疵は重大且つ明白であるから、本件返還命令は無効であると主張するので、先ずこの点につき判断する。

本件返還命令は、形式上大蔵大臣が、昭和二十一年勅令第二百九十四号(連合国財産の返還等に関する勅令-以下本件勅令という)及び昭和二十二年大蔵省令第二十五号(連合国財産の返還等に関する施行規則-以下本件省令という)に基き、本件物件を連合国財産に指定し、在日本リフォームド宣教師社団を連合国人と指定して発せられているので、大蔵大臣が独自の立場で右返還命令を発したようにも解せられる。

ところで日本国はポツダム宣言の受諾によつて同宣言の定める諸条項を誠実に履行する義務を負い、天皇及び日本政府の国家統治の権限は降伏文書の定める降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の制限の下におかれたのであつて、すなわち、日本政府及び日本国民は、連合国最高司令官が降伏条項を実施するため適当であると認めるときは自由に立法、司法、行政を行うことを承認し、連合国最高司令官は降伏条項を実施するため必要な限度において日本の統治権の上に立つて、日本の法律、政治、経済、文化等各般に亘つていわゆる管理に当たることとなつていたのである。しかし、連合国最高司令官が日本の管理を行うに当つても、自らその衝に当らず原則として日本政府を利用しこれを通じ間接に権力を行使する間接管理方式がとられたので、最高司令官の指令に基いて国民に対して国内法上の立法措置或いは行政措置を講じて命令し執行するのは日本政府であつたから、制定施行された法令及びこれに基く行政機関の行為は形式上国内法上のものであつた。しかしながら、同じ間接管理といつても、連合国最高司令官が日本国の従来の統治形態をそのまま利用する場合と日本の特定の行政機関を通じてしかもその機関が他の機関から本来受けるべき制約を排除する形で利用する場合とがあつたのであり、前者の場合には、日本の行政機関の行為は日本国憲法の領域内でその行政機関の裁量で行われたものであつたが、後者の場合は、日本の行政機関の行為は超憲法的効力である連合国最高司令官の権力そのものに直接依存し、いわば連合国最高司令官の補助機関ないし執行機関としてなす行為であつたと解すべきである。そして右のような連合国最高司令官の権力に直接依存する日本の行政機関の行為については、形式上それが日本の国内法令に基いてなされたものであつても、性質上は純粋の国内法上のそれと区別され、超憲法的な権力の発動として、占領下の法律状態の下では、日本国憲法または他の国内法令に牴触する場合でも、日本国民はこれを有効なものとして承認しなければならない地位に置かれていたものと解すべきである。

ところで本件返還命令の発せられた当時、一般に連合国財産に関する返還命令は、国内法上、大蔵大臣が本件勅令及び省令に基いてこれを発すべきものとされていたのである。しかしながら、原本の存在及び成立につき争のない乙第五号証によると連合国最高司令官総司令部は昭和二十一年五月六日付SCAPIN第九百二十六号覚書をもつて、日本政府に対し、現に日本に在住し又は将来日本に帰還する連合国人の在日財産の返還の手続を示しこれに従うように指令したが、これによると、総司令部は、連合国人から財産返還請求書が提出された場合、先ず日本政府から当該財産の調査を徴し、次いで日本政府に各個の返還事案毎にとるべき措置を指示するものとされていたことが認められ、前記勅令は、右覚書の実施のため制定せられたものと解せられるし、また原本の存在及び成立につき争のない乙第六号証によれば、連合国最高司令官総司令部は、同年十一月二十二日SCAPIN第千三百五十四号覚書により、前記第九百二十六号覚書の諸点を改めるとともに、その返還の対象とされるのは連合国財産一般ではなく不法に譲渡された連合国財産であることを明らかにしたが、その運用については、連合国最高司令官総司令部は日本政府に対し各個の返還事案について回復さるべき財産の引渡及び所有権移転についての時期及び場所を示した指令を発出するものと定められていたことが認められ、前記本件省令は右覚書をうけ本件勅令の附属法令としてその詳細の手続を定めたものと解せられるのであつて、前記各覚書及び本件勅令、省令を綜合して考えると、結局連合国財産返還命令は、形式上大蔵大臣が本件勅令及び省令に基きこれをなすものとされていたけれども、大蔵大臣が一応独自の立場で返還命令の手続に関与できるのは、連合国最高司令官に対し連合国人から財産返還請求書が提出され総司令部が日本政府に対しその調査を求めてきた際の調査報告の段階だけであつて、いかなる財産が連合国財産として返還さるべきかは、右調査資料に基き各個の返還事案毎に連合国最高司令官がこれを決定すべきものであつて、一旦連合国最高司令官より具体的な内容を示して返還の指令が発せられた以上、大蔵大臣としては右指令に従いこれを忠実に履行する責任を直接連合国最高司令官に対し負つていたもので本件勅令及び省令も右指令を履行する際の国内法上の形式的な手続を規定したものに過ぎないと解すべきであり、すなわち、たとえ大蔵大臣が連合国人及び連合国財産の指定をなして返還命令を発する場合であつても、連合国最高司令官の指令により、すでに返還さるべき財産及びその返還時期、場所、返還さるべき者が具体的に決定されておれば、大蔵大臣としては返還を指令された財産が連合国財産かどうかまた返還さるべき者が連合国人かどうかについて何ら独自の認定権限も裁量権もなく、いわば連合国最高司令官の補助機関ないし執行機関としての地位において指令に従いこれを実現すべき義務があり、それを実現するために国内法上の手続をとるにすぎないものであつたと解するのが相当である。

本件についてこれをみても、大蔵大臣が本件物件を連合国財産と指定し、在日本リフオームド宣教師団を連合国人と指定して本件返還命令を発しているけれども、成立につき争のない乙第一号証によると、連合国最高司令官総司令部は、昭和二十二年十二月二十六日付SCAPIN第五千七十二号のA覚書により、日本政府に対し、本件物件を昭和二十三年二月二日午前十時在日リフオームド宣教師社団の代表者アルフレッド・アンケネイに返還すべき旨具体的な内容の指令を発していることが認められるのであつて、大蔵大臣としては、右指令を履行するため形式上前記指定をなし、本件返還命令を発したものと解すべきで、右指定にあたつて本件物件が連合国財産にあたるかどうかまた在日本リフオームド宣教師社団が連合国人であるかの独自の認定権を有しておらず、連合国最高司令官の補助機関ないし執行機関として本件返還命令を発したものと解するのが相当である。

ところで、或る行政処分が有効に成立したかどうかは、その処分が行われた当時の法律状態の下においてこれを判断すべきであつて、裁判時の法律状態に基き遡及してこれを判断しなおすことは原則として許されないと解すべきものであり、本件返還命令は、その命令の発せられた当時の法律状態の下においては前述のように我国民としてはこれを有効なものとして承認しなければならない地位におかれていたのであるから、右原則に反して遡及して判断すべきことの認められない本件では有効に成立したものといわなければならない。なお原告は本件返還命令は日本国憲法に違反するから無効であると主張しているけれども、本件返還命令は前記認定のように超憲法的な連合国最高司令官の権力に依存してなされたものであるから、仮りに憲法に違反していたとしても当時の占領下の法律状態の下においては無効とはならない。

又原告は平和条約発効後は裁判所が憲法以下の国内法体系によつて本件返還命令の当否を判断すべきであると主張するけれども平和条約発効によつてそれ以前に有効になされた日本政府の行為を改めて再検討すべきものとするの原則は考えられず、本件返還命令についてこれを再検討すべきものと見るべき法規ないし事実は存しないから原告の右主張は理由がない。

三、次に原告は本件返還命令が連合国最高司令官の権力に依存し、その指令を履行したものに過ぎないとしても、右指令はヘーグの陸戦法規に違反し、また国際法上の私有財産尊重の原則に違反する無効のものであるから、本件返還命令もまた無効であると主張するのでこの点につき判断する。

ヘーグの陸戦の法規慣例に関する規則は、戦闘の継続中に一方の交戦国の領土が他方の交戦国の軍隊により占領された場合、すなわちいわゆる戦時占領について一般的に規定されたものであるが、連合国軍による日本の占領は、日本国が連合国との間で休戦協定としての降伏文書を締結し、相互間の戦闘を休止した後に行われた占領で、右規則にいう占領とはその性質を異にするので直接右規則の適用はないと解するのが相当であるから右規則の適用があることを前提とする原告の主張は失当である。また私有財産尊重の原則が国際法上確立された慣例であることは疑いのないところであるけれども、右原則は、国際法上の一般原則であつて、日本の占領については、ポツダム宣言及び降伏文書の諸条項が先ず優先的に適用されるのであるから(国際法上も特別法は一般法に優先するという原則が認められている)右適用の限度において前記原則の適用が排除されることもやむをえないところであるばかりでなく、私有財産尊重の原則もその内容は時代の進展にともなつて確固不動のものとは解せられないのであつて、二十世紀初頭までは右原則が各国においてかなり厳格に解せられていたにもかかわらず、第一次世界大戦においては英独は敵国人の在自国財産を凍結し、または管理処分する態度にでており、さらに第二次世界大戦においては敵国人の資産凍結、管理処分が相互に徹底的に行われ、戦敗国は戦勝国民の在自国財産を開戦前の状態に回復する義務までも課せられるようになつていることは顕著な事実であり、成立につき争のない乙第十七号証によつても、千九百四十七年二月十日パリで調印されたイタリヤとの平和条約第七十八条には連合国及び連合国人のイタリヤにおける一切の財産を所有者が自由に財産を処分した場合でもこれを返還する義務を負つていることが認められるのであつて、二十世紀初頭においてはともかく現在においては、私有財産尊重の原則も右のような程度まで変容しているものというべきである。そうすると連合国最高司令官が降伏条項を実施するについて適当と認め、戦勝国民たる連合国人に対し連合国財産を返還すべきものとして戦敗国たる日本に対し発した本件返還命令に関する各指令を、国際法上無効なものということはできないから原告の右主張も理由がない。

四、よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

(別紙)昭和三十一年(行)第七二号

第一、原告の申立

昭和二十三年一月二十三日附第百五十八号連合国財産返還命令書を以て大蔵大臣が原告に対し別紙物件目録記載の物件についてなした返還命令が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、原告の主張

一、本件処分の経過

(一)、原告は別紙物件目録記載の物件(以下本件物件という)を昭和二〇年一二月一五日前所有者である訴外財団法人岩手県警察義会から買受けた。右岩手県警察義会は本件物件を昭和二〇年四月二六日、当時東京都芝区白金今里町にあつた在日本リフオームド宣教師社団から買受けていたものである。

(二)、ところが、昭和二二年八月二七日本件物件等を在日本リフオームド宣教師社団に返還を求める旨の財産返還要求書が、連合国最高司令官総司令部宛に提出された。

(三)、ついで、総司令部は、同年九月九日大蔵省に対し、右返還要求にかかる財産について、所在、現所有者、現状等の事項を報告するよう指令した。

(四)、これに対し、大蔵大臣は、同年一一月一五日総司令部に対し、右の事項に関する調査の結果を報告した。

なお、右報告書においては、前記社団が第二次世界大戦の開戦前に純然たる日本法人として再編成されたこと及び本件不動産が、昭和二〇年四月同社団の代表者出村悌三郎によつて、岩手県の警察団体に売却され、更に同年一二月同団体から原告に売却されたことを報告している。

(五)、ところが、連合国最高司令官は、同年一二月二六日日本政府に対し、本件物件等を昭和二三年二月二日午前一〇時岩手県盛岡市大沢川原小路一〇二番地所在の前記社団の代表者アルフレッド・アンケネイに返還することを指令した。

(六)、そこで、大蔵大臣は、昭和二三年一月二三日原告に対し、連合国財産返還命令書をもつて、本件物件を前記社団に返還することを命じ、同日大蔵省告示第二五号をもつて、その旨告示したのである。

なお、大蔵大臣は、同月二九日昭和二一年勅令第二九四号(連合国財産の返還等に関する勅令)一条一項二号の規定により、本件不動産を連合国財産と指定し、また、同条二項、昭和二二年大蔵省令第二五号(連合国財産の返還等に関する施行規則)二条一項五号の規定により前記社団を連合国人と指定し、これらの指定を同月二六日から施行することとし、その旨を、それぞれ大蔵省告示第三〇号、第三一号をもつて告示した。

二、本件処分の無効

(一)、大蔵大臣が連合国財産及び連合国人の指定をなす場合の要件

前諸勅令は連合国最高司令官の覚書を基礎として制定されたものであるがその覚書中に「悪意の移転」という字句が使用されており、また右勅令を承継した昭和二十六年政令第六号第二条第三項第五号には連合国財産の要件として「…主務大臣が第十二条第二項の規定による認定の請求に基き同期間内のいずれかの時における政府または日本人による不当な取扱により侵害されたと認定した財産のうち、その侵害があつたときにおいて連合国人等であつた者が当該時において有していたもので主務大臣の指定するもの」と規定されていることを考えると、大蔵大臣が前記勅令、第一条第一項第二号によつて連合国財産の指定をなしうるのは、その財産が「日本政府又は日本人による不当な取扱いにより侵害されたと認定した財産」である場合に限り、また勅令第一条第二項、省令第二条第一項第五号により連合国人としての指定をなしうるのはその者が「財産の移転のあつたときに連合国人等であつた者」である場合に限られるべきである。

(二)、大蔵大臣は本件指定にあたつて前記要件の認定を誤つたものである。

しかるに本件物件の移転については何等日本政府又は日本人の不当な取扱いはなく、本件物件は前記連合国財産の要件に該当しないにもかかわらず大蔵大臣は右認定を誤り本件物件を連合国財産と指定したものであり、また在日本リフオームド宣教師社団は本件物件の移転当時において日本理事のみを代表者とする社団であつて前記連合国人たる要件に該当しないものであるにもかかわらず大蔵大臣は右認定を誤りこれを連合国人と指定したものである。

(三)、本件処分は無効である。

したがつて右各指定はいずれも違法であり、右違法な指定に基いて発せられた原告に対する返還命令も違法である。そして右違法は重大且つ明白であるから本件処分は無効である。なお本件処分は平穏裡に取得した財産を違法な措置によつて奪い去る結果をもらたすもので憲法第二十九条に違反する無効なものでもある。

三、よつて原告は本件返還命令が無効であることの確認を求める。

第四、被告の答弁及び主張

(答弁)

原告の主張第一項の(一)ないし(六)の事実は認める。

同第二項は争う。

(主張)

一、昭和二一年勅令第二九四号に基く連合国財産の返還命令の効力

(一) 一般に行政庁の処分の有効であることが絶対的に確定され、その処分の効力について終局的に争い得ないものとなるためには、特にそうした効力を与える実定法規の存する場合の外、裁判所の判決によつて、処分の有効であることが確定されることを要する。

しかしながら、右勅令に基く返還命令は、占領時における日本の法律状態、返還命令の性格及びその返還命令を発する大蔵大臣の立場の特殊性からして、一般の場合と別異に解しなければならない。

(二) そこで、まず、占領下における日本の法律状態についてみるに、わが国は、ポツダム宣言の受諾により同宣言の定める諸条項を誠実に履行する義務を負い、国家統治の権限を降伏文書の定める降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の制限の下におかれ(同文書末項)、日本政府及び日本国民は、最高司令官が降伏条項実施のため適当であると認めて発し又は発せしめる一切の布告、命令、指示及び要求を遵守すべきものとされていた。即ち、連合国最高司令官は、降伏条項を実施するため必要な限度において、日本の統治権の上にあつて日本の法律、政治、経済、文化等各般の管理に当ることになつたのである。そして、その管理の形式としては、原則として日本政府を利用し、これを通じて間接に権力を行使する、いわゆる間接管理が行われていた。この間接管理の場合、最高司令官の指令に基いて国民に対し国内法上の立法措置或は行政措置を講じて命令し、執行するのは日本政府であつたから、制定施行された法令及びこれに基く行政機関の行為は形式上国内法上のものであつた。しかし、その場合の行政機関の行為の性質は各個の場合必ずしも同一ではなかつた。というのは、間接管理といつても、最高司令官が日本の従来の統治形態をそのまま固有の形で利用する場合の外、特定の行政機関をその機関が国内法上本来受くべき制約を排除する形で利用する場合があつたからである。前者の場合は、行政機関の行為は、日本固有の統治権に基ずく憲法の領域内の行為であるが、後者の場合には、憲法の上に立つ超憲法的権力である最高司令官の権力そのものに直接依拠する憲法の領域外の行為である。これを、行政機関の地位の点からいえば、前者の場合には日本の特定行政機関と最高司令官との間に直接支配従属の関係がないが、後者の場合には、行政機関は最高司令官直属の補助機関乃至執行機関としての性格をもつことになる。

(三) しからば、連合国財産の返還命令の性格及びその命令を発する上の大蔵大臣の立場は、右のいずれの範疇に属するのであろうか。

連合国財産の返還命令の国内法上の根拠法令である前記勅令及び昭和二二年大蔵省令第二五号は、昭和二二年五月六日付SCAPIN九二六号覚書及び同年一一月二二日付SCAPIN一三五四号覚書に基いて制定されたものであるが、右覚書の点を暫くおけば、返還命令は一応国内法上の形式として、右勅令及び省令を根拠として発せられたものであるから、日本固有の統治権に基く行政作用であるかのような外観を呈する。しかし、実質的には、大蔵大臣の返還命令は最高司令官の個別的指示をそのまま履行したものに過ぎない。何故ならば、昭和二一年五月六日付SCAPIN九二六号覚書一項aは「連合国最高司令官総司令部は、返還の都度とるべき措置について日本政府に後日指令する。」と規定し、また、昭和二一年一一月二二日付SCAPIN一三五四号覚書三項のaは「返還を行う場合毎に返還すべき財産を引渡す日時と場所並びに所有権の移転を記載した指令書を連合国最高司令官総司令部から日本政府に発出する。」と規定していて、返還の指令は各案件について個別的に行われることとされ、日本政府には一切裁量の余地が与えられておらず、指令通り返還命令を発すべきこととされていたからである。なお、日本政府に裁量の余地がなかつたことは、昭和二六年一〇月三一日付SCAPIN二一七八号覚書によつて、従来連合国最高司令官が返還に関する個々の指令を発し、これに基いて日本政府が返還命令を発する方式をとつていたのを改め、昭和二七年二月一日からは最高司令官の返還等の要求に基かず、返還請求権者がその所属する国の日太国内にある使節団を経由してする返還の請求に基き、日本政府の判断の下に返還の手続をとることとされ、この覚書を契機として、連合国財産の返還等に関する政令(昭和二六年政令第六号)に第三次の改正が行われ、連合国財産について不当な侵害がされたかどうかの認定、つまり返還命令を発するかどうかの判断を最高司令官でなく、大蔵大臣がすることになつた点に徴して明らかである(二条三項八号、一三条一項、一四条一項、一五条、一六条一項等の改正に留意)。

本来ならば、国家権力をもつて連合国財産の現所有者から一方的にその権利を奪つて、これを旧所有者に返還させることは憲法上諸種の制約を受けるのであるが、大蔵大臣の返還命令がこうした国内法上の制約と無関係に行われたのは、前述したところから自明の通り、大蔵大臣の権力行使の淵源が超憲法的な最高司令官の権限に直接求められるべきものであつたからに外ならない。換言すれば、連合国財産の返還命令を行う上の大蔵大臣は、最高司令官の補助機関乃至執行機関として、その措置について上級機関としての最高司令官に対してのみ責任を負う立場にあつたのである。

(四) 従つて、連合国財産に関する返還命令は、日本固有の統治権限に基く行政作用とみることはできず、憲法外における最高司令官の直接の行政作用であるという外ないから、超憲法的な効力を有し、従つて、その成立と同時に最終的に適法有効なものとしてその効力が確定されると解しなければならないのである。

なお、国内法上大蔵大臣が返還命令を行う迄の手続行為として、大蔵大臣が連合国財産を指定し(前記勅令一条一項二号)、連合国人としての指定を行う場合が規定されているため(前記省令二条一項五号)、最高司令官から返還指令のあつた場合でも、右の指定を要する場合には、直ちに返還命令を発することなく、まず右の指定を行つた上、返還命令を発することを立前としていたが、これは、単に国内法上適式な手続を経た形式をとるために行われたに過ぎず、この手続の前後することは、返還命令の効力を左右するという性質のものではない。本件では、偶々連合国財産及び連合国人としての指定の告示が、返還命令の告示よりも遅れて行われているが、このことの故に、返還命令を無効とされる筋合のものではない。

二、前記勅令に基く返還命令の効力は、平和条約の発効によつて争うことができるに至つたか。

右返還命令の効力はもとより、これによつて生じた実体上の効果については、平和条約の発効した後においても、次に述べる理由によつて、これを争うことは許されないものと解すべきである。

(一) 行政庁の処分の効力の有無及びそれによつて実体上の効果が生じたかどうかは、その処分の行われた法律状態の下で判断されるべきものであつて、このことは今更いうまでもないことである。しかるところ、連合国財産の返還命令については、既述の通りその成立と同時に適法有効なものとして確定し、それに基いて所有権も移転し、確定不動の権利関係が形成されているのであるから、平和条約の発効によつて、占領時の特殊の法律状態が解消したからといつて、占領中にされた右返還命令の効力の有無等をあうためて検討判断することはできないのである。

(二) また、平和条約一九条d項によれば、「日本国は占領期間中に占領軍当局の指令に基いて、若しくはその結果として行われ又はその当時の日本国の法律によつて許可されたすべての作為又は不作為の効力を承認し………」とあり、更に憲法九八条二項は「日本国が締結した条約及び確定された国際法規はこれを誠実に遵守することを必要とする。」と規定している。従つて、占領期間中に占領当局の指令に基いてされた連合国財産に関する返還命令は、右両法条に基き、日本国として対外的にばかりでなく、国内法上で日本の国家諸機関及び国民も、また右の効力を承認しなくてはならない。しかして、右の国家機関の中に裁判所が含まれることは自明のことであるから、裁判所としても、右確定された返還命令の効力を現在において審理し、判断することはできないというべきである。

三、本件処分と憲法二九条

原告は、本件処分は平穏裡に取得した財産を違法な措置によつて奪い去る結果をもらたすもので、憲法二九条に違反す右無効なものであると主張されている。しかし、前述したところから明らかな通り本件処分は超憲法的な最高司令官の権限に直接依拠する憲法の領域外の行為であるから、憲法違反の問題の生ずる余地はない。

四、本件返還命令は実質的にも適法有効である。

仮りに本件処分が憲法の制約をうけるとしても大蔵大臣は、本件処分を行うについて、在日本リフオームド宣教師社団を連合国人と指定し、また本件不動産を連合国最高司令官の要求により連合国財産として指定しているから、形式的には勿論返還命令の適法要件を充たしているのであるが、実質的にみても、右社団は連合国人であり、また右不動産は連合国財産であるから本件処分は適法有効である。なお、昭和二一年一一月二二日付SCAPIN一三五四号覚書は、不当に譲渡された(wrongfully transfered )連合国人の財産の返還を指令したものであるが、本件不動産の右社団から財団法人岩手県警察義会への譲渡は wrongfully transfer であると認められうべきものである。

次に上叙の点を詳述してこれを明らかにする。

(一) 在日本リフオームド宣教師社団が連合国人であることについて

在日本リフオームド宣教師社団は、日本民法の規定に従つて設立された公益法人であるから、これを連合国人とみることは一見困難なようであるが、しかし、ある法人が日本人であるか否かを決する場合、あらゆる法令の分野において、単に設立の準拠法のみを標準として決することは相当でない。現実の日本の法体制も、日本法人と外国法人とを準拠法のみによつて区別する立場に立たないで、法令によつては、本店所在地とか外国人の経営支配の程度等を標準とする立場をとるものも存するのである〔例えば、連合国財産補償法(昭和二六年法律第二六四号)二条二項、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律(昭和二七年法律第三〇二号)二条二項、平和条約の実施に伴う民事判決の再審査等に関する法律(昭和二七年法律第一〇四号)二条二項等。なお、旧外国人土地法(大正一四年法律第四二号一、二条参照)。〕要するに、ある法人が日本人であるか否かは、その区別を必要とする法令の目的・趣旨に従つて決せられるべきものである。しかるところ、返還勅令は、第二次世界大戦中連合国人と認められたがために、その所有財産を不当に譲渡させられたものについて、旧所有者に返還させることを目的としたものであるから、この趣旨、目的からして、連合国人か否かの区別は、法人については、設立の準拠法でなく(設立準拠法を標準とすると、公益法人については、日本民法は外国公益法人の存在を認めないから(民法三四条参照)、連合国人たる公益法人を認める余地がないことになるのであつて、この点からいつても設立準拠法を標準にできないことが明らかであろう。)連合国人の支配の程度を標準として決すべきものと解するのが相当である。

ところで、右社団は、その財産の購入及び維持運営の資金を悉く米国リホームド教会からの寄附に仰ぎ、その経済的基礎を全面的に米国リホームド教会に依存している。また、同社団の人的構成は、定款によれば、設立(明治三五年一二月八日)以来現在に至るまで、昭和一六年一月乃至昭和二三年四月の期間を除いては、社員は、日本に常住する米国リホームド教会に属する宣教師でなければならないとされ、また、理事は、社員中より互選されることとされている。そして、実際上も、設立以来理事は、すべて米国籍を有する者をもつて充られていた。ただ、昭和一六年三月以降理事に日本人が参加し、ついに理事がすべて日本人となつたが、これは、当時の緊迫した国際情勢の下、布教活動が意の如くならず、はては、米国人が、その行動の自由を制限され、その経済生活についても圧迫をうけるようになり、次第に米国人理事が理事を辞する外なくなつたことによるのであつて、右社団が本質的に米国人からの支配を脱却するためではなかつた。換言すれば当時理事となつた日本人の任務は、布教活動に使用されるべき同社団の財産を、国際情勢が旧に復し、再び米国人が理事に就任できるまでの間、保存し管理することにあつたのである。このことは、戦後理事がすべて米国人でなければならない旨同社団の定款が変更されると共に、昭和二三年四月以降現実に理事が全部米国人となつたことに照らして明らかである。

従つて、上叙の点すなわち右社団の経済的基礎及び人的構成の点からして、同社団を連合国人とみるべきことは当然のことといえよう。

(二)本件不動産が、連合国財産であることについて

前記社団は、右一に述べたとおり、連合国人と認められるべきところ、同社団は、本件土地については、大正七年二月二〇日に在日本アメリカ・リホームド・チヤル宣教師社団から買受けてから昭和二〇年四月二六日財団法人岩手県警察義会に売渡すまでの間、また、本件建物については、少くとも昭和一七年六月以降昭和二〇年四月二六日に右警察義会に売渡すまでの間、それぞれ所有権を有していたものであるから、右の土地、建物は、実質的にも返還勅令にいう連合国財産である。

(三)前記社団が本件不動産を不当に譲渡させられたものと認めるべきことについて

(1) 返還勅令においては、返還命令を発出すべき財産が如何なる態様で譲渡されたものであることを要するかについて別段規定していないが、昭和二一年一一月二二日付SCAPIN一三五四号覚書三項は、「昭和一六年一二月七日に日本に存在し当時連合国人が所有していた財産で、法律によると遵法を目的とする手続によると、またその他の方法によるとを問わず、脅迫によつて、また、没収、dispossession spoliationのwrongfull actsによつて移転の対象とされたものについて、当該財産を返還するに必要な手続を規定することを日本帝国政府に指令する。」と述べているから、連合国最高司令官の意図は、結局連合国人の財産についてwrongfull transferのあつた場合、これを連合国人に返還させることを目的としたものと解されるが、こゝに、wrongfull transferとは、譲渡が民法上の概念としての不法行為に当る場合のみでなく、広く正常でない場合、つまり所有者の真の自由意思によらない場合を含むと解するのが相当である。

(2) ところで、本件不動産は、前記社団の理事が悉く日本人をもつて構成されていた当時に売却されたもので、この売却行為自体についてみれば、それは、右社団の行為であり、そこに脅迫等の特別な不法な行為が介在していたとみられるべきではなかろう。しかし、wrongfull transfer であるか否かについて、単に売却行為のみを観察して決することは正当でなく、売却行為の当事者及びその行為の行われた背景等をも考慮に入れて決すべきである。そこで、これらの点について、述べることとする。

元来、右社団は、その定款五条に規定しているように、キリスト教を拡張すること、キリスト教主義の教育を行うこと等を目的とした社団であるから、まず、宗教活動の面についてみると、キリスト教については、教会の設立、布教、伝導、キリスト教的教育等の宗教活動は、明治以来比較的自由に行われていたが、昭和一四年に宗教団法(昭和一四年法律第七七号)が成立して従来自由な領域であつた宗教界の宗派、教派の組織、運営、監督について規制し、宗教界の大同団結と再編成及びその国家的統制が意図され、当時の超国家主義思想の下に治安維持法(明治三六年法律三六号)、国家総動員法(昭和一三年法律第五五号)、言論、出版、集会、結社等臨時取締法(昭和一六年法律第九七号)等と綜合的に運用されて、キリスト教の宗教活動は殊に大きな制約をうけるに至つたのであつて、これらのことは周知のとおりである。

次に、右社団の理事は設立以来米国人をもつて構成されていたのであるが、第二次世界大戦勃発(昭和一四年九月)当時から、次第にわが国をめぐる国際情勢が緊迫化してくるに従い、昭和一四年内務省令第六号(外国人ノ入国、滞在及退去ニ関スル件)の制定をみ、軍機保護法(昭和一二年法律第七二号)、要塞地帯法(昭和一六年法律第一〇五号)、国防保安法(明治三二年法律第四九号)等の運用と相まつて、外国人の住所、居所、旅行等に制限が加えられ、連合国人に対しては、国際緊張が深刻の度を加えるに従い、行動の自由の制限のみならず、その経済生活にも圧迫が加えられるようになつたのである(昭和一六年七月二八日大蔵省令第四六号外国人関係取引取締規則-いわゆる資産凍結令-、同年一二月九日内務省令三一号外国人ノ旅行等ニ関スル時臨措置令、敵産管理法(昭和一六年法律第九九号)等参照。)

かくして、右社団の理事として在任していた米国人は、次第に理事を辞するとか、また帰国せざるをえなくなり、まず、昭和一六年三月三〇日理事シーデー、クリーテ、イーエツチ、ザウグが辞任して出村悌三郎、阿部豊吉が理事に就任し、ついで、同年一二月二二日理事アルフレツド、アンケニーも辞任し、新たに五十嵐正が理事に就任し、こゝに理事三名悉く日本人となつたのである。

また、本件不動産の、わが国参戦後の使用状況についてみると、昭和一七年六月に岩手県警防課内財団法人大日本防空協会岩手県支部が無償で借受けて防空学校として使用し、昭和一九年九号以降は、日本陸軍が接収して、昭和二〇年四月岩手県警察義会が買受けて後も引続き終戦まで、仙台陸軍兵器補給廠盛岡分廠として使用していた。

さらに、本件不動産の売買価格についてみると、右警察義会が昭和二〇年四月に買受けた価格は、五万円であるが、昭和二二年一〇月当時における本件不動産の価格(時価)は約八〇万円で、その間の不動産の騰貴率は約六・五倍であるから、結局右警察義会の買受価格は、時価の約二・五分の一であつたことになる。

(3) 以上のように、本件不動産は、本来米国人によつて支配されることを立前とする前記社団が、やむをえない状況の下に理事を日本人とする外なくなつて、その日本人等によつて売却されたものであり、しかも、その当時キリスト教は、諸種の制約、圧迫をうけ正常な活動は著しく阻害されていた外、売却までの使用者及び買受人が軍または警察のような権力機関に関係ある団体であり、さらに、売買価格は取引常識上考えられない程度に廉価であつたから、これらの事情を総合考察すると、本件不動産の岩手県警察義会に対する売却は、wrongfull transferに該当するものとみられても、やむをえないことといわねばならない。

(四)したがつて、本件物件を連合国財産と指定し、且つ在日本リフオームド社団を連合国人と指定した大蔵大臣の右各指定はいずれも適法であり、したがつて右指定に基いて原告に対しなされた本件返還命令も適法である。

五、原告の主張する本件処分の瑕疵は無効事由とはならない。

仮りに原告の主張するような瑕疵があり、本件指定が違法となるとしても右はいずれも認定の誤りに過ぎず重大且つ明白な違法ではないから本件処分を無効とするものではない。

第五、被告の主張に対する原告の主張

一、昭和二十一年勅令第二百九十四号は昭和二十六年政令第六号に承継され、同政令は平和条約発効後も存置されており、同政令付則第四項は「旧連合国財産の返還等に関する件(以下旧勅令という)は、この政令施行前主務大臣が旧勅令第二条第一項の規定に基いて命じた返還その他必要な措置については、この政令施行後においてもなおその効力を有する」とされているが、この規定に徴すると、旧勅令の適用解釈については右政令と同様になすべきものと解すべきであつて右政令によれば連合国人及び連合国財産の認定権限は大蔵大臣にあるのであるから、旧勅令においても大蔵大臣が認定権限を有していたものというべきである。

二、したがつて大蔵大臣は単に連合国最高司令官の執行機関として本件返還命令を発したのではなく、連合国最高司令官は日本の統治形態を固有の形で利用する趣旨の下に連合国財産返還に関する覚書を発したもので、旧勅令は憲法の効力の範囲内で制定され、且つ大蔵大臣はこれに基いて本件返還命令を発したものである。

三、なお平和条約発効後は本件返還命令について当然憲法以下国内法の体系によつて裁判所がその適法性の有無を判断すべきものである。

四、仮りに本件処分が日本国憲法以下国内法体系外の行為であるとしても、右処分はへーグの陸戦の法規慣例に関する規則第四十六条及び確立された国際法規である私有財産尊重の原則に違反するから無効である。

第六、原告の主張に対する被告の主張

一、原告は、昭和二一年勅令第二百九十四号(連合国財産の返還等に関する勅令-以下返還勅令という-)が、昭和二六年政令第六号(連合国財産の返還等に関する政令-以下返還政令という-)に継承され、平和条約発効後も存置されていること及び返還政令附則四項の規定を根拠として、返還勅令の規定の適用解釈は返還政令の場合と同様に行われるべく、従つて大蔵大臣の返還命令は、返還勅令に基く場合であると、返還政令に基く場合であるとによつて、何等性質上の差異はないと主張されるので、さらに、この主張の当否について述べることとする。

なるほど返還勅令は、返還政令に承継され、平和条約発効後も存置されており、この点は、原告の指摘されるとおりである。しかし、返還勅令、平和条約発効前の返還政令と平和条約発効後の返還政令(昭和二七年法律第九五号による改正後の政令)とでは、制定の目的、根拠並びに性質を異にしている。すなわち、前二者は、ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル件(昭和二〇年勅令第五四二号)に基き、連合国最高司令官の要求を実施するため制定されたもので、制定の根拠となつた覚書の内容、返還手続に対する総司令部の関与の程度、事柄の性質等からいつて、国内法とは別個の法体系に属し、憲法にかかわりなく、憲法外において法的効力を有するのとみるべきであるのに対し、後者は、わが国の条約上の義務(例えば、日本国との平和条約一五、一七条、日本国とインドとの間の平和条約五条等)を履行するため、昭和二七年四月法律第九五号により平和条約発効後法律としてその効力を存続させられたもので、憲法を頂点とする国内法体系に属し、その政令の有効であることも基礎も憲法におかれている。それ故、前二者と後者とでは、規定の適用解釈も自ら異なつてくるのである、しかして、大蔵大臣の返還命令に至つては、前二者施行当時で少くとも昭和二七年二月一日まで(返還政令の第三次改正まで)は、大蔵大臣に一切裁量の余地がなく、連合国最高司令官の個別的指示の履行にとどまつたから、その当時における大蔵大臣の返還命令は、その権力行使の淵源が右司令官の権限に直接求められるべき、憲法のわく外の行為という外なく、これに反し、後者の政令施行後においては、大蔵大臣の返還命令は、純然たる国内法としての返還政令による、日本固有の統治権に基く行政作用となつてきたのであつて、同じく大蔵大臣の行為であつても、両者は本質的に異質のものなのである。

また、返還政令附則四項は、返還勅令に基く大蔵大臣の返還命令等の効力について、返還勅令の廃止後疑問の生ずる余地がないように、行為の効力は行為時の法状態に照らして判断されるという、いわゆる法律不遡及の原則を明らかにした規定に過ぎず、しかも、同項は、返還政令制定時(昭和二六年一月二二日)の附則であつて、当時は、占領期間中であつたから、平和条約発効の前後において返還命令の性質が異ならないとすることの理由にはならない。

従つて、原告主張の論拠から直ちに大蔵大臣の返還命令の性質が平和条約発効の前後によつて異ならないと論断することは到底できず、要するに原告の主張は理由ないものという外ない。

二、本件処分と国際法

原告は、本件処分は、へーグ陸戦条約四六条に違反し、国際法違反の行為であるから無効であると主張される。しかし、この主張は次に述べる通り失当である。

(一)わが国は、ポツダム宣言を受諾することによつて、連合国によるわが国の占領を承認し、ついで、占領の条件に関して連合国との間で降伏文書を締結した。従つて、国際法上、わが国の占領の法律関係を決定するものは、降伏文書である。しかるところ、同文書によれば、日本政府及び日本国民は、連合国最高司令官が降伏条項実施のため適当と認めて、自ら発し又は発せしめる一切の布告、命令及び指示を遵守すべきものとされていた。しかも、降伏条項実施のため適当であるかどうかの決定権は連合国最高司令官にあつた。従つて、本件処分の基礎となつた連合国最高司令官の返還指令には、へーグの陸戦条約はもとより、その他の国際法に何ら違反するところはない。

(二)なお、わが国は、平和条約一九条d項によつて、占領期間中占領当局の指令に基いて、若しくは、その結果として行われた、すべての作為又は不作為の効力を承認しているし、条約については、対内的にも国際法上国家機関及び国民はこれを誠実に遵守する義務を負つているのであるから(憲法九八条二項)、もはや、何人も占領当局の指令に基いて行われた本件処分の効力を、国際法上も、また国内法上も争うことはできないのである。

(三)原告は、へーグ陸戦条約(厳密にいえば、「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」)が日本の占領についても適用されるとの前提に立つて、右指令は「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」四六条に違反すると主張されるが、同条約は、日本の占領については適用されない。何故ならば、同条約は、まだ戦闘の継続中に一方の交戦国の領土が他方の交戦国の軍によつて占領された場合に関するもので、要するに戦闘の継続を前提とした条約であるが、連合国軍による日本占領は、日本が連合国との間で、国際法の休戦協定としての降伏文書を締結し、相互間の戦闘を休止した後に行われた占領で、右条約にいう占領とは性質を異にするからである。従つて、わが国の占領にあつては、占領軍の権限行使に前記規則四六条違反の問題が生ずる余地はない。

(四)もつとも、右規則四六条の背景である「私有財産尊重の原則」が日本の占領についても遵守せられるべきことはいうまでもないが、前記返還指令は、この原則にも反しない。

右規則四六条は、当時において一般国際慣習法の内容として認められたものを確認し明文化したものと解される規定で、同条の精神は現在においても尊重されるべきものであるが、しかし、同条の背景となつている「私有財産尊重の原則」の内容が時代の進展と共に変容していることもまた否定できないところである。すなわち、二〇世紀初頭頃までは、右の原則は、各国において極めて厳格に遵守されるべきものとされていたが(例えば、日本においても、日露戦争においては、敵国人の日本国内における経済活動やその財産について、何らの制限も加えていない-明治三七年二月一〇日内務省訓令第二号参照-)、次第に戦争形態が軍事力対軍事力の戦争から総力的傾向を帯びるに至つた第一次世界大戦においては、すでに英、独は敵国人の在自国財産を凍結し、または管理処分にするの挙に出ており、さらに第二次世界大戦においては、敵国人の資産凍結、管理処分が相互に徹底的に行われ、戦敗国に戦勝国民の在自国財産を開戦前の状態に回復する義務までも課せられるようになつてきている。例えば、前記返還指令の発せられた前である一九四七年二月一〇日パリで調印された、イタリアとの平和条約七八条は、一項において「イタリア国は、イタリア国がまだそうしていない限り一九四〇年六月一〇日に存在した連合国及び連合国民のイタリアにおける一切の合法的権利及び利益を回復し、かつ連合国及び連合国民のイタリアにおける一切の財産を現在状態で返還する。」と規定し、二項及び四項の(イ)によつて、イタリア国政府として連合国民に返還される財産を完全に良好な状態で、しかも無償で回復することについて責任を負うものとされている。日本国との平和条約一五条も、ほぼ同様の規定であるが、イタリアとの平和条約では、日本国との平和条約と異り、その規定上、所有者が自由に財産を処分した場合でも返還の対象外としていない。このように国際法上の「私有財産尊重の原則」は、その態様において時代とともに可変的なものであつて、今日では、イタリア国との平和条約七八条にみられる内容のものまでも、国際法上許されているものということができよう。

ところで、在日本リフオームド宣教師社団が連合国人であること、本件不動産が連合国財産と認められるべきこと、及び右社団のした右不動産の譲渡がwrongfull transferと認められるべきことについては、前記第二において述べたとおりであるから、前記返還指令が、国際法上の「私有財産尊重の原則」に反するとされる余地はない。

物件目録〈省略〉

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